先回のエントリーでは、アザラシ成分高めな上野の国立科学博物館(科博)の常設展の楽しみ方を紹介しましたが、今回は2023年7月15日(土)~10月9日(月・祝)まで開催されていた科博の時別展「海ー生命のみなもとー」(以下、「海展」と略します)の様子を、海獣・アザラシ成分高めな目線で紹介したいと思います。
(とはいえ、最初に白状しますと、海展はアザラシ成分の含有量はかなり少量でした。。。)
「海展」のエントランス
国立科学博物館は様々な分野の特別展を1年に数回、1テーマ辺り3~4カ月に渡って開催します。2023年の夏休み期間を含む特別展が海展でした。
科博の建物は日本館と地球館の二つに分かれていて、特別展が開催されるフロアは地球館側にあります。地球館は地下3階~3階(+屋上とM2階に小展示あり)で構成され、特別展はB1階の2/3 程度のスペースで開催されます。ぶっちゃけ常設展面積に比べれば、かなり小さなスペースで開催されているのですが、特別展はお客さん、特に何度も科博に行くようなコアなリピーターを呼び込む「目玉」になるので、相当に力が入った展示内容になります。
海展のチケットは通常大人1名2000円。特別展チケットを持っていれば科博の常設展(こちらは大人通常価格で630円)も入場可能です。
海展のエントランスに掲げられたロゴとサンゴの海写真。良いですね。シンボリックなアザラシやイルカなどの大型海棲生物ではなく、海の生命の基盤となる基礎生態系を俯瞰した写真を掲げているのが好き。
そして海展の最初の展示が探査機・はやぶさ2と小惑星リュウグウという宇宙関連の展示でした!
これは地球の成り立ち、海の成り立ちにかかわる展示。実は会場にたどり着きこの展示を見るまで、私の頭からすっかり抜け落ちていたのですが、今回の海展の副題は「ー生命のみなもとー」で、この最初の宇宙関連の展示は、副題のとおり地球や海の起源まで遡ろうということ。私はもっと「海海」した展示かな、という先入観を思っていたので、正しい不意打ちを食らいました。
「海展」の海獣関係の展示紹介
このサイトは海獣サイトなので、まずは海獣に関わりがあって印象深かった展示を紹介していきます。初めに書いた通り、アザラシ絡みの展示はほぼなくて、海獣はクジラやイルカ等の鯨類展示が多かったように思います。
「ホエールポンプ」の展示。大型の鯨の骨格のシンボリックな展示。大きすぎて&お客さんが多すぎて全景を写真一枚に収めるのは断念。
ホエールポンプというのは、クジラがエサ取りや呼吸のために海の表層と海中を行ったり来たりする行動が物質循環系のひとつを支えているという理論。生物が物質循環系を担っている理論は、海→サケ科魚類→川→猛禽類やクマなど→森、、、といった流れを思い出しました。
「キーストーン種」の説明にはラッコが使われていました。はく製もラッコの親子。
ラッコ、ウニ、ケルプ(海藻)の関係性を基に記載。ラッコウニケルプの関係性も面白い。CO2の削減に影響がある説、実は(北海道では)ラッコはウニはそんなに食べていないかも説もあり。
ちなみにこのラッコの展示、逆サイドから撮るとこんな感じに写る。
ドローンとラッコ。科博、アグレッシブ!ドローンは確か海洋におけるリモセン技術のひとつを紹介されていたかと。ラッコ展示の逆サイドに映像・写真による解説があったはず。
化学的な環境汚染物質(POPsとか)が脅かす海獣の生態に思いを馳せる
地味かつハードボイルド過ぎる展示で、あまり来館者の関心を引いていなかったかもですが(失礼。。。)、個人的に刺さったのはこの展示。
環境汚染物質であるPOPs(残留性有機汚染物質)の海洋生態系、特にアザラシや鯨類に与える影響の可能性を示した展示。
特に心に刺さったグラフ部分を拡大するとこんな具合。
シャチをはじめとする鯨類の蓄積濃度が無茶苦茶高い。しかもこのグラフは恐ろしいことに対数軸ですから、シャチは人間の数百倍の蓄積濃度になっている可能性があるということ。また細かい対数軸が不明なので何とも言えないのですが、ゴマフアザラシとゼニガタアザラシを比較すると、ゼニガタアザラシはゴマフアザラシの数倍の蓄積濃度になっているようにも見えます。比較的近縁で生態も似通っている両種で、なぜこんなに差があるのか。日本近海に定住しているゼニガタアザラシと比較的回遊性が高いゴマフアザラシの差が出たのかなー。
なおこの展示の詳しい学術的な内容、元ネタに近い内容を日本生態学会誌に掲載されているのを見つけましたので、興味のある方はぜひ。↓の図4が↑展示グラフと同じです。
日本生態学会誌 66:37 – 49(2016)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/seitai/66/1/66_37/_pdf
”生態系高次生物の POPs 汚染と曝露リスクを地球的視座からみる”
田辺 信介 愛媛大学沿岸環境科学研究センター
海生哺乳類に有害化学物質が蓄積されていくかのプロセス、(高次捕食者であること、海生哺乳類が皮下脂肪を多く蓄積するという体のメカニズム、母子間における授乳関係(したがって雌雄でも有害化学物質の蓄積量に差が生ずる)、それがどのようなことを海生哺乳類の生態に引き起こす可能性があるかなど、上述の文献を読めばわかりますし、なかなか衝撃です。この特集の巻末には引用文献が載っているので、さらにさらに興味がある方は元論文までたどり着けるはず。
なお、昨年出版された「世界で一番美しいアシカ・アザラシ図鑑」にも上論文の田辺先生と同じ愛媛大学沿岸環境科学研究センター所属の野見山先生が「鰭脚類の体にたまる有害化学物質」というコーナーを寄稿されているので、こちらでも鰭脚類と有害物質の話を理解することができます。「世界で一番~アザラシ図鑑」のほうが平易な文章で理解しやすいかもです。図鑑をお持ちの方はご確認ください。
改めて「世界で一番美しいアシカ・アザラシ図鑑」のグラフを眺めて気になったことがあります。
海展のグラフと似たようなグラフなのですが、種やサンプルの取得地、左側の軸中身が異なっています。左側のトド、キタオットセイ、クラカケアザラシ、ゴマフアザラシは日本沿岸のサンプルで、比較的有害化学物質の蓄積が少ない(血中濃度が低)、右の北欧系のアザラシサンプルは蓄積量が大きい。日本周辺はまだ北欧・欧州に比べれば汚染が低いと言えるのかもしれません。しかし内海的で閉鎖海域っぽくて、旧ソビエト系の国の沿岸域が多いバルト海の汚染は分かるのですが、北極圏のスバールバル諸島サンプルでもこんなに蓄積濃度が高く、汚染の可能性が高いとは。。。根深い問題です。
ずいぶんPOPs、有害汚染物質で長々と書いてしまいました。関連では他クジラの胃の中から回収されたプラスチック製品(レジ袋など)の展示などもなかなか衝撃的なものがありました。が、人が多くて撮影困難だったのと、時間が全然足りず最後は尻切れトンボ気味で駆け足で見て回ることになり、写真がないのです。
「海展」で心を射抜かれた海獣以外の展示物たち
「海展」の展示物のうち、私の琴線に触れた展示物は海獣関連以外の物のほうが多かったのです(^^; こちらも紹介します。
インドネシアシーラカンスの標本
名前が知られていて、一度は見てみたい魚のシーラカンス。シーラカンスも海展で展示されていました。生きている化石ですからね。歴史を語る上では欠かせない生物。
シーラカンスは10年くらい前にアクアマリンふくしまで見て以来だな、と思って眺めていたのですが、海展の展示はアクアマリンふくしまの展示協力でした。もしかして10年前に見たものと同じ個体の標本かも??
(一押し!)造礁サンゴの再現クオリティが高い
海展の展示物の中で最も感動した展示物はサンゴの展示。
南の海で暮らす生物で、個人的に最も好きな生き物はサンゴ、それもミドイリイシ系の最もありふれたサンゴが好き。マンタとか大物も面白いけど、生態系を支える元気なサンゴを見るのが好きでそのために南の島にいってダイビングをしているようなものです。
そんなサンゴ好きな目線で見ても、この海展のサンゴ展示のクオリティは高かった。
海から採ってきたばかりのようなサンゴの骨格、微妙な色の移り変わり具合、先端や端っこが少し白っぽくなっているところなどがよく再現されていて、驚きました。
ちなみに以下が沖縄県八重山諸島・竹富島沖で撮影した海の中の元気なサンゴの写真。
サンゴの模型展示は色塗りが雑だったり、骨格やポリプが雑だったり、ぐずぐずになっていたりするのも見かけるのですが、この海展で見た展示のサンゴ標本はとてもきれいで、どうやって作ったのだろう。おそらく生きた元気なサンゴを採取して、すぐに骨格標本を作って、着色したと思うのですが、この着色の技術がすごそう。そして少し蜘蛛の巣が張っていたりするのもサンゴが出す粘液、、っぽい?
少し引いて撮るとこんな具合。このサンゴの展示は海展が終わったら常設展で飾られるのかな。一見の価値ありです。
サンゴの再現度はすごいですが、基盤の擬岩部分はまだ進化の余地あり、ほっとしています。模型では基盤は岩そのもののような作りですが、サンゴが暮らす海は、暖かい熱帯~亜熱帯の浅い海ですから、だいたい日が当たるところは被覆状のサンゴや海藻類に覆われていたり、何らかの生きものが付着しています。(以下の写真は沖縄県・八重山の海。枝状、卓状サンゴがいない岩はこんな感じ。)そこまでは再現しきれていなかったですが、模型でそこまで再現されていたら、失禁レベル。
深海に住むヨコエビ・ダイダラボッチ!
深海に住む巨大なヨコエビのダイダラボッチの展示もありました。私は初見です!
思ったよりでかい!しかし、ラベルには最大体長340mmとあるので、展示されていた標本はそこまで大きくはない個体。。。
駿河湾深海の主・ヨコヅナイワシ
駿河湾の深海で2016年に発見、2021年に新種として認定されたヨコヅナイワシ!これも標本初見です。
最大2.5mに達する深海固有種として世界最大の硬骨魚類。あきれるほど長い。私より長い、なんならゴマフアザラシより長い。こういうよくわからない生き物が深海にいるというのはロマンがありますね。
ヨコヅナイワシはセキトリイワシ科に属しており、その科の最大となる種なのでヨコヅナイワシという和名。セキトリイワシ科という和名もセンスありますが、ヨコヅナイワシという名前も素敵。しかしヨコヅナイワシよりでかい種が見つかったらどうするんだろ。。オヤカタイワシとかリジチョウイワシとかになるのかな?
なお名前に”イワシ”とついていますが、食卓に出てくるいわゆるイワシ・鰯(マイワシとかカタクチイワシとか)とは科の上の目レベルで分類が異なるので、かなり遠縁になるようです。ヨコヅナイワシのセキトリイワシ科はニギス目で、食卓の鰯たちは、ニシン目に所属。それならなぜセキトリ”イワシ”科という和名を与えてしまったのか。興味は尽きません。
(※生物の分類:界門綱目科属種・かいもんこうもくかぞくしゅ…高校生物で出てくるあれです。)
海氷下ドローン”COMAI”
海洋の観測にまつわる技術紹介も熱い。海洋研究開発機構(JAMSTEC)の4500m級無人探査機「ハイパードルフィン」の実物展示が人気っぽかったのですが、個人的にはコンパクトで可愛い海氷下ドローン”COMAI”が好きでした。
COMAIというのは、北海道であぶって食べるあの”氷下魚”の事で、ちゃんと海氷ドローンも下半身に「氷下魚」と漢字で書いてある。COMAIはまだまだこれからの技術のようで頑張ってほしいですね。
「海展」ふりかえり
特別展「海展」。盛りだくさんなので、じっくり見るには時間がかかる内容。あと科博の常設展示より内容は高度・難しいと思います。ざっくり振り返っても、地球や海の成り立ち、生物の進化、人類の祖先との海の関わりの歴史や航海術、最新の海洋観測技術、そして海洋環境問題。大人でもすんなり理解できない内容も多かったです。
中身を深く理解したいなら小銭を払って音声ガイドを借りて、それを聞きながら時間をかけて見る方がよいと思いました。あとやはり混雑していたので、可能ならば平日の朝一を狙うのがよさそうでした。
海展は2024年春は名古屋にて開催されるようですから、西の国の方はぜひ!上野より空いていそうですし東の国からあえて名古屋会場を訪問するのもありかもしれません。
海獣的にはアザラシなどの鰭脚類よりクジラやイルカなどの鯨類推しな感じだけども。。。
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