前回の投稿のとおり、この4月で九州の単身赴任生活を終え、関東に戻ってきました。
東国の産まれで、極太麺ととんこつ臭くないラーメンに恋焦がれた2年間の九州生活でしたが離れるとなるとやはりしんみりとした気分になります。
九州に赴任するときは関門海峡を渡ったので、帰りは別のルートで帰りたい。福岡から東京に車で向かうといえば普通はこのルート。関門海峡を渡ります。
ひねくれものの私が取ったルートは、こんな感じ。
こんな感じ福岡から東進して大分へ。大分から四国へ渡り、瀬戸大橋を経て岡山に入る。あと大阪から名古屋に抜けるのも新名神ではなく名阪国道で抜けるのもひねくれものポイントです。まだ走ったことがない道を走ってみたい。関門海峡を渡る東京福岡の最短ルートは1094kmのようですが、私のルートは1184km。案外その距離差は短く100km位しか違わないのです。
そんな計画を立ててやってきた九州生活終焉の地、大分県佐賀関港。ここからは国道九四フェリーで愛媛県西部の長細い佐田岬半島に渡ります。
”国道”とあるとおり、このフェリーは国道197号線(高知市~大分市)の一角を担います。国道のせいか随分シンプルな事務所。乗船券売り場くらいしか無いそっけない事務所。
この航路、一日16往復・日中はほぼ一時間おきに船が出るという運行体制という手軽さから予約をせずに行き当たりばったりで向かったのですが、港に着いてすぐの便への積載は満車で出来ず。結構なニーズがあるようですね。満車になったら次の便の空きがあったら乗れるというレーンにまわされます。港の車待機所で一時間余計に過ごすことに。この日は天気も悪く私と同様にキャンセル待ちをする車の運ちゃんたちも車の中で暇そうにしています。
やることもないので、港をウロウロとしていると、私が乗れなかった先発の船が出て行きます。一時間ほど慣れ親しんだ九州に多くいられると思うのもしんみり悪くない。雨の中の車の運転席に座り感慨深い物があります。
一時間後の船には首尾よく車を積み込むことが出来ました。いよいよ九州を離れます。防人時代ならもう二度とくることは無いでしょうが、現代日本に暮らしているので、まぁこれからも九州は来ることはあるでしょう。しかし、住民として九州に住むことはもう無いかもしれない。そんなことを思いながら天気が悪くても甲板に出て離れていく九州を眺めます。
四国に着いたあとは上述のルートを延々と車を運転して関東に戻ってきました。
そして物置と化していた私の団地書斎に九州に持っていっていた荷物を運び込み、荷物を整理し住み心地のよい書斎を再び設営したところです。
関東はつつじが咲き誇り春爛漫です。2年前にはなかった子どものおもちゃや服やらが散乱している我が部屋が時間の経過を物語ります。畳の上には娘のアンパンマンマグネット(おばあちゃんに買ってもらった)が置いてありました。
これまでも娘が生まれて何度か帰省していましたが、今度は父ちゃんとしてこの部屋で生活します。これまでは何となくお客さん感覚もあったのですが、今度は素晴らしき父ちゃんとしても過ごさねばならず、お互いに馴れない娘との距離感を詰めつつ、また娘が産まれた妻との距離感もまた生活の中で新たな構築をせねばならないと思います。みんなお互いが少しずつ馴れない生活を始めた、という感じです。
が、やはりみんなで過ごす休日はいいなぁと月並みに思う2018年のゴールデンウィークです。
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