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北海道における海獣(アザラシ・トド・キタオットセイ)による漁業被害のデータ(2023年版)

毎年夏の恒例行事になりますが、北海道庁水産林務部水産局水産振興課のウェブサイトで前年度の海獣類による漁業被害状況のデータが公開されました。今年の公開日は2023年9月8日です。

毎年ひっそりと更新されますが、アザラシを含む海獣と人間の共生を考える上ではとても重要なデータ。
海獣の水族館や動物園の飼育展示や野生の海獣類の姿を見て楽しむだけではなく、現実として起こってしまっている海獣類による漁業被害状況にも目を向け、その先の海獣類と人間の共存につなげるには何をすればよいのか考え、どんな形になるかはそれぞれになると思いますが具体行動につなげていきたいものです。

アザラシの群れと漁船。アザラシもまた漁業の近くで暮らす生物なのです。

なお、この2023年夏の公表データは、2022年度、つまり2022年4月から2023年3月までのデータ。行政的には2022年度のデータを2023年4月以降に収集、取りまとめて、夏頃に公開するという流れになっていると推測します。

そして2023年に公表されたデータも非常に興味深いものがありました。単年ごとに一喜一憂しても仕方ない面もありますが、2022年度のデータについて、気になった点、注目したい点を紹介しようと思います。

①海獣類(トド、オットセイ、アザラシ)による漁業被害状況(2022年まで年度別データ)

Hokkaido Government Opendata CC-BY4.0

まずは総論的な海獣類の漁業被害のデータ。興味を引いたところは以下箇条書きで。

①-1:海獣類の被害総額は3年ぶりに10億円超え。2020年を底として、増加傾向に!

①-2:被害額約10.7億円のうち、トドが8億弱を占める。オットセイ、アザラシが1億~1.5億円程度。

①-3:トド、オットセイ、アザラシの全てで総被害額は昨年比で増加。特にオットセイは2021年度比で約2倍の被害額。

①-4:被害額総額は増加傾向の中、トド、オットセイ、アザラシともに、漁網等の破損被害の「直接被害」は減少。特にアザラシの直接被害は2021年度の976万円から169万円と前年比17%と大幅なダウン。反対に「間接被害」は増加。特にオットセイ、アザラシで間接被害費が大幅に増加しており、これが被害総額を押し上げた。

②2022年の北海道の各地方(振興局)別に漁業被害情報をまとめたデータ

北海道の地方(振興局別)にみるとこれまた興味深い。

各振興局の位置関係はこんな感じ。当たり前ですが内陸の上川・空知は漁業被害データはありません。

海獣たちにとってはヒトが引いた振興局の境界線など関係ない、、、とはいえ、北海道の各地方でどのような傾向にあるのかは気になります。

Hokkaido Government Opendata CC-BY4.0

②-1:トドは宗谷、留萌、石狩、後志の日本海側で8~9割の被害を占める。残りは北部太平洋側の根室管内。南太平洋岸とオホーツク海側は被害ゼロ。

②-2:オットセイは被害総額の9割近くが後志管内の間接被害。隣接する石狩管内は被害ゼロ、檜山管内も被害額はそれほどでもなく、後志管内が狙い撃ちされている傾向。後志管内にオットセイを引き付ける何かあるのかな?また直接被害の7割くらいが釧路管内に集中していて、これも隣接する十勝管内で被害ゼロ、根室管内で被害が少ない(直接被害はゼロ)というのも不思議ではあります。

②-3:アザラシは宗谷・留萌の日本海北部と日高、十勝、釧路、根室にかけての被害額が大きい。前者はゴマフアザラシ、後者はゼニガタアザラシの分布とも合致していてイメージ通りです。

③海獣の種類・振興局別にまとめた海獣の漁業被害のデータ

③-1 2022年の振興局別にアザラシによる漁業被害状況の推移をまとめたデータ

Hokkaido Government Opendata CC-BY4.0

アザラシによる漁業被害状況の振興局別のデータ推移です。

総額は1億5828万円で2021年度から4000万円増加しました。檜山・渡島・胆振のデータの掲載は無いのですが、これは道庁発表の元データにも記載はない。おそらくこの3振興局はアザラシがほぼ分布しておらず、統計を取ってない可能性も。気になったのは以下の点。

③-1-1:宗谷・留萌の日本海北部で増加。特に留萌は前年比で2倍以上で、5年前と同水準にまで被害額は増大。

③-1-2:後志の被害額が減少になっているのは良いと思うのですが、減り方が凄まじすぎる気も。

③‐1‐3:日高と十勝について、ゼニガタアザラシの生息地として名高い襟裳岬を抱えるえりも町は日高管内で、これまでは日高管内の漁業被害額は十勝管内より大きかったのですが、ついに逆転し、十勝が日高より被害額が大きくなりました。日高管内は前年比の半額くらいに被害額が減る一方、十勝管内は3倍に伸びて1000万円を超えているのも気になります。

③‐1‐4:根室・釧路は被害額が近年は減少傾向だったのが、微増に転じています。下げ止まったか?

③‐1‐5:オホーツク管内ですが、ここが個人的には結構気になっている場所。これまで被害は10万円も無かった年が続いていたのですが、2021年度は81万5千円、2022年度は251万6千円。被害総額は他振興局に比べれば穏やかではあるのですが、被害額の伸び率はものすごいのです。ここは流氷などにも覆われる地域ですし、気候変動の影響でもあるのかな?

③-2 2022年の振興局別にトドによる漁業被害状況の推移をまとめたデータ

続いてトドのデータ。

Hokkaido Government Opendata CC-BY4.0

十勝の欄がありませんが、もともとの道庁データに記載が無し。

③‐2‐1:トドによる被害は昨年より微増です。傾向は長年安定しているとも言え、北部日本海側に集中しています。

③‐2‐2:長期傾向で見ると、南部日本海側の渡島、檜山、後志管内の被害額が減少し(もしくは被害総額に占める割合が低下し)、宗谷、留萌、石狩管内の被害額が増加(被害総額に占める割合が上昇)しているように見えます。被害額=トドの分布とするのは乱暴ではあるのですが、トドの分布自体が北上傾向にあるのか?

③‐2‐3:南部太平洋岸、オホーツク海沿岸も被害はなく、千島列島から繋がる根室管内で被害額は減少傾向であるものの、それなりの被害があるのも相変わらず。

トドと漁船の写真。海獣と漁業は近い距離なのです。

③-3 2022年の振興局別にオットセイによる漁業被害状況の推移をまとめたデータ

続いてオットセイ。

Hokkaido Government Opendata CC-BY4.0

全体として2021年度比で被害額は2倍に増加しております。

③‐3‐1:一目瞭然なのですが、後志管内が被害額の8割を占め、残り1割が釧路管内、残り1割をその他管内という傾向。

③‐3‐2:オットセイ被害のうち、多くを後志管内が占めているのは、長期的傾向。

③‐3‐3:釧路管内がオットセイ被害額の比較的高い割合を占めるのも昔からの傾向です。

まとめ~漁業被害額から海獣との共生社会のあり方について考える

漁業被害というのは人間と海獣の共生を考える中でとても重要なテーマです。

そして単純に海獣による漁業被害額が下がる=漁業にとっても海獣にとっても良い状態、とも言えない面もあります

例えばアザラシが齧って大きな漁業被害を与えているサケについて、超単純化したモデルで考えてみましょう。

ある年のある漁師さんが、サケ1トン辺り10万円の収入を得られることができて、漁獲できたサケが20トンだとします。そして漁獲したサケのうち1トンはアザラシに齧られて出荷できなかったと仮定します。この場合、サケの出荷高は19トンで得られる漁業収入は190万円、アザラシによる漁業被害は1トン分の10万円です。

翌年は漁獲量とアザラシがサケを齧った量は変わらなかったけど、何らかの社会要因でサケの取引単価は2倍に値上がりして1トン辺りの収入が20万円になったと仮定しましょう。この場合、出荷高は変わらず19トンでサケによる漁業収入は380万円。アザラシよる漁業被害は20万円となります。

サケの漁獲量・出荷量、アザラシが齧った量は変わらなくても、
漁業被害額:10万円→20万円:2倍増!
漁業収入:190万円→380万円:2倍増!

どちらが良いか。後者の方が漁業者が好きに使えるお金(収入)の量は増えています。漁業被害額は増加しても、収入の増加量がそれ以上になれば良いのです。魚価がもっと上がったら?収穫量が(持続可能な形で)もっと増えたら?さらに収入はアップします。

もちろんこんな単純な話ではないと思いますが、目指す姿としては分かりやすいのではないでしょうか。

おそらく海獣による漁業被害額をゼロにすることを追求するのは、人間にとっても海獣にとっても相当しんどく、人間と海獣の共生という観点では目指す最終形ではないように思うのです。それより多少獲物を海獣に食われても、それ以上に安定した収入があれば漁師さんも海獣たちを目の敵にすることはないように思いますし、そのような産業構造・社会構造・海洋資源の充実を目指すべきなのではないか、と思います。
あと海獣たちが漁網に入ってしまうと、生死にかかわらず海獣を網から出す手間や、漁具の補修・手入れがめんどくさそうなので、そういうことを海獣たちがしなければ、なお良いのですが、海獣たちも率先して漁網入ったり絡まったりしたいわけでもないと思うので、漁具の改良や海獣の忌避装置といった技術革新も欠かせないと思います。

今回紹介した漁業被害に関するデータは被害「額」によるデータで、”魚価”という社会要因にもろに影響を受けるデータです。被害額だけのデータなので、漁業全体と海獣の関係性を深く考えるなら、例えば総漁獲量や漁業収入額の増減、魚価の変動のデータなども必要です。コロナという社会にも大きな影響を与えたものが魚価にも跳ね返っていると思われますし、原油高による船の燃料費の高騰、漁網などの道具の高騰なども起こっていると思われます。

そして生息地から離れて暮らしている海獣好きな人たちがアザラシや海獣のためにできることをまとめであるので、そのコーナーも紹介しておきます。

一方で、単年ごとに漁業被害額に一喜一憂しても仕方ないところもあり、また海獣たちは北海道内の振興局内の境界線はもちろん、国境すら気にせず移動している生物。北海道のアザラシ、トド、オットセイの場合は日本より北のロシアの状況にも相当左右されると思いますし、気候変動という地球規模の影響を受けていることも考えられます。ある程度長い視点で見守っていきたいものです。

過去の海獣漁業被害データへのエントリーも以下に掲載しておきます。

管理人
管理人

北海道ではアザラシをはじめとする海獣類が漁業被害を出しているという事実は、肯定的な感情でアザラシや海獣類を追いかける人も知っておくべきことだと私は思います。

※私は人間とアザラシ・海獣類の共存を第一義的に願うものですし、また科学的根拠に基づいた海獣類の個体数管理や持続的な利用も支持します。よって、殺傷を伴う捕獲による個体数調整や毛皮・肉の利用を認めない原理的な保護論者ではありません。

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