北海道庁水産林務部水産局水産振興課のウェブサイトで2023年(令和5年度)の海獣類(アザラシ・トド・キタオットセイ)による漁業被害状況のデータが公開されました。今年の公開日は2023年9月27日です。前年度の海獣による漁業被害状況データの公開は毎年初秋の恒例行事になります。
この海獣の漁業被害データは、毎年北海道庁のウェブサイトでひっそりと更新され、最新のデータ以外はウェブ上では確認できなくなってしまうのですが、アザラシを含む海獣と人間の共生を考える上ではとても重要なデータで、当サイトはできるだけ追っかけております。
水族館や動物園や野生の海獣類の姿を見て楽しんで終わり、、、ではなく、現実として起こっている海獣類と人間活動との軋轢にも目を向け、その先の海獣類と人間の共存につなげるには何をすればよいのか考え、なるべく具体行動につなげていきたいな、と考えております。
(過去のデータを紹介したページへのリンクは、このコーナーの下の方にくっつけます)
さて、2024年秋に公表されたデータは、2023年度(2023年4月から2024年3月)までのデータ。行政機関としては、2023年度全体のデータを2024年4月以降に収集、取りまとめて、夏~秋頃にかけて公開するという流れになっていると推測します。
単年ごとに被害状況の多寡で一喜一憂するよりは、何年か継続的に見て長期的に考えなければと思うところはあるのですが、見えてくるものがあります。2023年度のデータを引用しながら、気になった点、注目したい点を紹介しようと思います。
①海獣類(トド、オットセイ、アザラシ)による漁業被害状況(2023年までの年度ごとの推移データ)
最初は海獣類の総論的なデータ。2020年まで海獣類による漁業被害額は漸減していたのですが、2020年を底に2021年は再び被害額が増加に転じ、2022年もその傾向だったのですが、2023年は再度減少傾向になりました。今回の被害状況公表対象のトド、オットセイ、アザラシの全てで被害額は減少しています。
2023年度の被害額の総額は合計で9.3億円。そのうちトドが約8割を占め、7.3億円ほど。オットセイが0.9億円、アザラシが1.2億円です。
②2023年の北海道の各地方(振興局)別に漁業被害情報をまとめたデータ
次いで北海道の地方(振興局別)に整理してあるデータの紹介です。
②-1:トドは日本海側の宗谷、留萌、石狩、後志で被害の8~9割を占めるのは昨年と同様傾向。残りは太平洋側の根室管内。南太平洋岸とオホーツク海側は被害ゼロ。
②-2:オットセイは被害総額の多くを後志管内の間接被害が占めるのも昨年と同様傾向。後志地方に隣接する石狩管内は被害ゼロで、檜山管内も被害額はそれほどではないのも相変わらずで、後志管内が狙い撃ちされている傾向。また直接被害では釧路管内に集中していて、これも隣接する十勝管内で被害ゼロ、根室管内で被害が少ない(直接被害はゼロ)という傾向も相変わらず、なのですが、隣接している行政界でこんなにきれいに傾向が分かれるのは若干不思議ではあります。(同基準で統計されているのだろうか。。。)
②-3:アザラシは宗谷・留萌の日本海北部と根室の被害額が大きい。前者はゴマフアザラシ、後者はゼニガタアザラシの分布とも合致していてイメージ通りです。
③海獣の種類別・地方(振興局)別にまとめた漁業被害状況
続いては獣種と地方(振興局)ごとに分けたデータを詳しく見てみましょう。
③-1 アザラシによる2023年の漁業被害状況
まずはアザラシから。2023年データで最も衝撃的だったのがアザラシのデータ。
アザラシによる漁業被害の総額は1億1517万円で、2022年度から4000万円ほど減少しました。檜山・渡島・胆振のデータの掲載は無いのは2022年から同様です。
2023年のデータで特に気になったのは以下の点。
1.宗谷地方はゴマフアザラシが多く生息する地域です。2018年→2019年で1億円から5000万円ほどに被害額が減って、それ以降5000万円で推移していたのですが、2023年はガクっと被害額が減って3500万円ほどに。2014年以来の低水準です。
2.留萌地方の被害額は4410万円で、宗谷地方を抜いて全道で最もアザラシによる被害額が多い地方になりました。被害額は100万円ほど微増。2022年以来、高水準が続いているようです。
3.後志の被害額は前年比10倍の216万円。被害額はかつてに比べれば著しく少ないですし、全道的にみても被害額は大きい地方ではないものの伸び率は気になります。
4.一番驚いたのが日高地方。ゼニガタアザラシが定住する襟裳岬がある地方で、しばしばゼニガタアザラシと漁業の軋轢が問題になってきた日高地方ですが、2023年の被害額は52万円!数年前まで6000万円超の被害額を出して、2022年も726万円の被害額でしたが、1/10以下の数字。この数字は後程考察したいと思います。
5.十勝、釧路、根室も被害額は大幅に減少。それぞれの被害額が3~5割減になっているようです。
6.オホーツクはアザラシによる漁業被害額はここ数年微増傾向だったのですが、2023年はゼロになってしまいました。
③-2 トドによる2023年の漁業被害状況
続いてトドのデータ。アザラシの表に名前があった十勝は消えて、檜山と渡島、胆振が入っています。
1.日本海側北部の宗谷、留萌地方で被害額が増加しています。一方で石狩の被害額が減少しています。北上傾向にあるのでしょうかね。
2.後志の被害額は横ばい。
3.檜山、渡島の被害が少なめなのも相変わらず。
4.根室管内は被害額が約半減!これもすごい数字の動きです。
海獣全体被害額が9億円ほどで、そのうちの7.3億円がトドによるものでしたが、そのほとんど(6.8億円)が宗谷~留萌~石狩~後志の北部~中部日本海側でトドによる被害ということが分かります。
③-3 オットセイによる2023年の漁業被害状況
続いてオットセイ。トドと比較して十勝の欄が復活して掲載され、オホーツク地方の掲載が消えました。
昨年から被害額は3割ほど減。後志管内が被害額の8割を占めているのは相変わらずです。
~まとめ~漁業被害額は減ったけれど、これは健全な海況なのか。
2023年度の海獣による漁業被害額は減少傾向にあるようです。漁業被害額は少なくなる方がもちろん良いのですが、そう単純でもなさそうで、漁業被害額が減った内訳、その理由を考察する必要があります。
今回紹介したデータは漁業被害額のデータ。当然ですが漁業という生業があって、その収穫する魚や漁具に海獣が被害を与えて、それを漁業者が被害額として計上し、統計データとなります。
最近では北海道の海の異変に関する報道も目にする機会も多くなりました。北海道の漁業対象で大きな漁獲高を誇っていたイカ、サンマや昆布などが不漁になり、知床やオホーツク海側でブリがたくさん獲れるなど北海道の海や漁業を取り巻く状況も大きく変化しております。
そして上でも紹介した「ゼニガタアザラシが定住する襟裳岬があり、しばしばアザラシと漁業との軋轢が問題になってきた日高地方の漁業被害額が数年前まで6000万円超→2022年は726万円→2023年は52万円と急激に減少した事実。」ですが、これも北海道の海の異変と関係あるのでは、と思うのです。
というのは、日高地方のアザラシによる漁業被害は、アザラシがサケを齧る被害(いわゆる「とっかり食い」)やサケ定置網にアザラシが入って漁具を壊すことなどが問題となっていたのですが、日高地方はここ数年はもうびっくりするくらいサケの不漁が続いているのです。今年(2024年)の秋も日高地方のサケの不漁ぶりはすさまじく、襟裳漁協のサケの漁獲量が10年前の同時期比で3%の漁獲高(つまり97%減…。)との報道もありました。漁獲高が減っていれば漁業被害額も減るわけです。
これまでの漁業が不変的に営まれていく中で、海獣が漁業に被害を出すという単純な関係ではなく、漁業資源の枯渇や気候変動の影響により、今までの漁業が成立っていくのかという視点も含め、その上で海獣の漁業被害も考えていかなければならないように思います。
なお襟裳岬のゼニガタアザラシですが、本年5月にも現地で見てきましたが、特に状況に大きな変化はなさそうでした。彼らはサケだけを食べるわけではないので、サケがいなかったら別の魚やタコなども食べて暮らしていると思われます。
繰り返しになりますが、単年ごとに海獣の漁業被害額を一喜一憂しても仕方ないところもあり、また海獣たちは北海道内の振興局内の境界線はもちろん、国境すら関係なく移動しています。北海道のアザラシ、トド、オットセイは日本より北のロシアの状況にも相当左右されると思いますし、気候変動という地球規模の影響を受けていることも考えられます。ある程度長い視点で見ていくことが重要です。また漁業の統計データも見て漁業の変化状況なども含め考えていかねばならないと思う2023年のデータでした。
最後に生息地から離れて暮らしている海獣好きな人たちがアザラシや海獣の共存のためにできることをまとめたので、そのコーナーも紹介しておきます。
以下は過去の北海道における海獣漁業被害データに関連するコーナーです。過去の様子が気になる場合、ご参照ください。
北海道ではアザラシをはじめとする海獣類が漁業被害を出しているという事実は、肯定的な感情でアザラシや海獣類を追いかける人も知っておくべきことだと私は思います。
※私は人間とアザラシ・海獣類の共存を第一義的に願うものですし、また科学的根拠に基づいた海獣類の個体数管理や持続的な利用も支持します。よって、殺傷を伴う捕獲による個体数調整や毛皮・肉の利用を認めない原理的な保護論者ではありません。
コメント