この正月休みの間に、2022年10月に刊行された“アザラシ語入門: 水中のふしぎな音に耳を澄ませて”を、今さらながら拝読しました。著者は若手アザラシ研究者の水口大輔さん。
我が家の↑の本は、出版されてすぐの頃に、妻が私に買ってきてくれたもの。妻なりに良かれと思って、夫に買ってきてくれたのだと思います。しかし私も偏屈なので、アザラシ本とはいえ自分の意志とは関係なく手元に来たものをすぐに読む気にならず、「読む気になるまで放っておこう」とされた可哀そうな一冊です。素直になればいいのにね。
そして2023年の正月休みは、コロナの事情で帰省がキャンセルとなり、突如目の前に現れたのが自宅で過ごす膨大な時間です。
そのような時間の中で、ようやく「あの本を開いてみるか、、、」という気になり、読み始めたらあっという間に読了しました。もともと好きなアザラシ分野の本ですし、研究内容は高度であっても、文章は平易で分かりやすいのですいすい読めます。読了まで2~3時間くらいかな。
少し内容を紹介したいと思います。
音から見るアザラシの世界の研究
本書は若手のアザラシ研究者の水口さんが、アザラシの世界を音(声)に着目されて研究した内容を軸に、研究の苦労話、裏話もなどを交えながら、一般向けに紹介した本。研究対象として本書に出てくるアザラシは表紙に描かれているクラカケアザラシのほか、ワモンアザラシ、アゴヒゲアザラシ。ゴマフアザラシ・ゼニガタアザラシは研究対象としては、ほぼ出てきません。
アザラシの音に関しては、方言というのか、同じ種でも地域性によってパターンの差があったり、種の分布特性や生態に応じて、音(声)の使い方に差があったりなど興味深い。ですが、ここで書きすぎるとネタバレになると思いますので、詳細は本書を読んでいただくとして、音関係以外で本書で私が気に入ったポイントや感想などを紹介したいと思います。
17年前に目撃した”ワモンアザラシの高速スピン”の謎
本書の3章で、おたる水族館の飼育アザラシたちを対象に音声と行動データの収集やその様子、そこから分かったこと(類推されること)が紹介されています。おたる水族館は私も何度も行ったので、リアルに現場が想像できて懐かしく&面白かったですし、おたる水族館に行ったことがある方や好きな人は同様視点でも楽しめるはず。
そしてこの3章の中で気になったのが、音声以外の行動のおまけ的に紹介されているこちら。
ワモンアザラシの高速スピン!
ワモンアザラシが水中で独楽さながらにくるくる回転する行動が観察されたことが紹介されています。読んだ瞬間「あれか!!!」と自分の中でつながるものがありました。このワモンアザラシの高速スピン、私も17年前の2005年に、同じおたる水族館のワモルで観察していまして、なんでこのような泳ぎをするのか不思議に思ったのです。当時の訪問記録には以下のように記載していました。
ゼニガタアザラシの赤ちゃんと野生アザラシ 2005年5月21日
朝の海獣公園
この日はまだ餌の販売がまだ準備中というくらいの時に着く事ができました。ゴマフ・ゼニガタアザラシたちもまだのんびりした顔つきで泳いだり、 岩の上で寝ていたりしました。ワモンアザラシとしては世界ではじめて飼育施設で生まれた子供ワモンアザラシのワモルも餌をもらってのんびりした様子。このワモル、立ち泳ぎをしながら、首を傾けたままくーるくるくーるくる回るのですが、これは何なんでしょうね。結構くるくる回っているのでおたるに行った際にはご覧になってください。
https://pixisuke.com/archives/4480
上の訪問記録記事にもワモルがくるくる回りながら泳ぐ様子の動画を載せていたのですが、昔のインターネット黎明期のサイト事情で、画質を圧縮してファイルサイズを小さくしていたおかげで画質が悪いので、改めてyoutubeにアップしました。
こんな具合に高速でくるくる回りながら立ち泳ぐんですよね。何のために???
水口さんも、おたる水族館でこの行動を目撃されたときには、何のためにこのような回転をするか、わからなかったそうです。私と同レベルでほのかに嬉しい!!
しかし、そこは若手研究者。NZで開催された国際学会で、フィンランドのアザラシ研究者とつながりを持って、フィンランドのサイマーワモンアザラシの調査に飛び込み参加して(本書では5章)、フィンランドのサイマーワモンアザラシのフィールドの観察や研究者との話などを通して、ワモンアザラシの回転行動の目的について、一つの仮説を提示するに至っています。仮説なので正しいかどうかは未検証。
でも、くるくる回転泳ぎの目的の仮説が正しいかどうかは、本書を楽しむ上でそこまで重要ではないのです。この辺りの、若手研究者らしくフィンランドのフィールドにもぐいぐい攻めこみ、知見や仮説の幅を広げていく様子や、私にとって未知のフィンランドのアザラシのフィールドの様子をいきいきと描かれているところが、読んでいても楽しい。仮説の中身より仮説に至るまでの過程が楽しいのです。
そして控えめな文章のおかげで、「本当にそうなんかなー?」とか「知らんかったなぁ、、、」とか水口さんと対話をしているような気分で読み進められるところも本書の魅力で、そのようなシーンは本書の至るところにちりばめられているのです。
なお、水口さんのワモンアザラシのくるくる泳ぐの目的仮説について、私自身の何の根拠にも基づかない極めて自分勝手な印象では、正しい可能性はあるとは思いつつも、やっぱり実際のワモンアザラシのフィールドで確認されたものではないので、半信半疑といったところでしょうか。(上から目線のような書きぶりになって恐縮なのですが。。。)
ワモンアザラシのくるくる泳ぐ行動の目的の正解は、水口さんご自身か、後世の若手研究者が答え合わせをしてくれるのを待っていようと思います。
水族館のお客さんとアザラシ研究者のふれあい(?)
水族館や動物園でアザラシを観察する方も多いと思いますが、おたる水族館滞在中の水口さんとお客さんとのやりとりについても書いてあります。”アザラシに非常に詳しいお客さんが個体識別やアザラシの園館移動の話をしたり、、”とあるので、水口さんをお見掛けされたマニアな方もいらっしゃるはずですね。私自身は水口さんがおたる水族館で研究をなさっていた期間辺りにはおたるには行ってないので、お目にかかったことは無い、、と思います。
本書は”若手フィールド研究者の生態”を理解するのに最適なので、アザラシなどの野生生物のフィールド研究を志す高校生の皆さんにおすすめしたい。もちろん大きなお友達にもおすすめ。
本書は水口さんのアザラシの音声研究内容も紹介されていますが、本書は学術論文ではなく、あくまで一般向けの書籍。研究内容だけではなく、研究フィールドでの苦労や工夫、裏話、水口さん自身や感情の描写などに重点が置かれて書かれてあり、そのような研究の背景描写が楽しい本です。
これまでに研究者と話した際の経験でも、研究の成果や論文の中身よりも、その裏話や「あのときは、、、」みたいな話を活き活きと語られる研究者が多いように思います。
そして私の個人的背景で恐縮ですが、私も北海道の大学でフィールド調査(アザラシではない分野)を行う研究していてました。当時の北海道を右往左往しながら、何だかよくわからないままに、いつのまにかどこかの誰かのフィールド調査に潜り込んで参加して、その中で得た縁で世界が広がって、とろとろ煮込まれていくアノ感じ、、、がリアルに描かれていて、自分の学生時代を懐かしく思い出しました。
例えば、、、水口さんは本書で「フィールドワークに必須なもの」を紹介しているのですが、これはまっっったく私も同感!特に北海道を舞台に野生生物のフィールド研究を行うならば。。。(ちなみに体力・忍耐力・観察力・学力・経済力、、←このような類のものではないです。)
なので、水口さんがソレを手に入れたのは学位を取得してから、ということでかなり驚きましたし、ご自身が書かれているように、無くても学位は取れるのではありますが。ちなみに私自身で言えば大学3年生の時にソレを手に入れ、研究はもちろんですが、北海道にいたときの素晴らしきアザラシライフ(≒このサイトの充実・構築)、さらには後の人生にも大変役に立っているのです。
そんな観点からも、本書は学部卒業生~博士課程くらいのフィールド研究を行っている若手研究者の卵の”生態”がリアルに紹介されていて、アザラシ研究・野生生物の研究を志す高校生~大学入りたてくらいの若い方に読んで頂きたい本と思いつつ、そのような若い方がワモンアザラシの高速スピンの謎を解明することを願うばかりです。(もちろんそのような研究者の卵を暖かく応援したいアザラシ好きな大人にもおすすめの本でございます。)
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