このサイトではアザラシや海獣に関係する本をの感想やレビューを記録してきました。

そして新たなアザラシ本を入手したので紹介したいと思います。紹介するのは昨年12月に出版された「アザラシまるごとBOOK (TATSUMI MOOK)」
予め申し上げますと、こちらの本は良い面と微妙な面が両極端すぎて、一筋縄では評価をしにくく、今でも消化不良気味ではあります。2024年12月の発売直後からとても売れているようです。
(ということで、微妙な面については厳しめな事も書かざるを得ません。この本が好きな方は以下は読まない方がいいかもしれません)
本自体はいわゆる「ムック本」と呼ばれるジャンルのもの。アザラシを含む海生哺乳類の研究者が執筆したような専門家やその筋の学生やマニア向けのものではなく、一般層を広くターゲットとしている本で感覚としては雑誌に近い。全部で95ページで構成。

本書は”巻頭特集”としてオランダの「アザラシ幼稚園」のセクションがあり、次いで6個のセクションがあり、計7セクションで構成されています。以下では各セクションで気になったことを書いていこうと思います。
、、、その前に、2024年の夏頃から「アザラシ幼稚園」が大流行していて、施設のインターネットライブ中継関連で大きな動きになっていることは私も知っています。が、私自身は海外のアザラシへの興味が低め&ネット中継よりは実際にアザラシを見に行きたい派なので、オランダの「アザラシ幼稚園」自体への知識はほぼ無いですし、こちらの施設のライブ中継を見た事はないです。こちらの保護施設のライブ映像を通じてアザラシを楽しむという方もたくさんいらっしゃると思いますし、そのようなアザラシの楽しみ方自体を否定するつもりはまっっったくありません。いろいろなアザラシの楽しみ方があって良いと思います、、、という前提です。
第1セクション:巻頭特集 オランダのアザラシ保護施設「アザラシ幼稚園」ピーテルブーレンアザラシセンター
2024年にSNSがきっかけで大流行した「アザラシ幼稚園」と呼ばれるオランダのアザラシ保護施設「ピーテルブーレンアザラシセンター」を紹介するコーナー。写真を交えた施設の紹介やスタッフさんへのインタビューなどの内容です。巻頭特集ですから気合いを入れて作られているように思いました。
私は「アザラシ幼稚園」には上に書いたような薄い知識しかなかったので、この本で体系立てて(?)オランダのピーテルブーレンアザラシセンターの活動の事を知ることができました。
特にスタッフさんのアザラシ保護時対応に関するインタビュー記事は内容も興味深く、「保護したアザラシは全部海に返すのか、海に返すことが困難な場合、ずっと飼育するのか?」という質問に対し、
「アザラシセンターに永久にとどまるアザラシはいない。回復したら本来の生息地の海へ連れていく。救出されたアザラシが回復できる見込みのない場合は安楽死させる。」
という答えが印象に残っています。
救出しても回復できる見込みがない場合は安楽死、、、相当な覚悟を持っていないとできないことと思います。日本でやったら、非難されることもあるかもしれません。施設の覚悟や姿勢も凄いですし、何よりそれを受け入れているオランダ国民の野生動物保護活動へのリテラシーの高さは尊敬しますね。
本書は「アザラシ幼稚園」を知る入門書としては良いのかな。筋金入りの「アザラシ幼稚園マニア」の方向けかはわかりませんが、私のような薄い興味を持っているくらいの層の入門には良い内容と思いました。
第2セクション:美しい写真で見る世界のアザラシ
巻頭特集に続く2つ目のセクションが、世界各地のアザラシの写真が載っているコーナーなのですが、、、、。このセクションがとても残念な内容です。冒頭に書いた「微妙な点」がこのセクションです。残念に感じた点は以下のとおり。
・掲載写真は写真のサブスクサイト「shutterstock(シャッターストック)」で購入した画像の羅列。シャッターストック写真の掲載はともかく、この第2セクションでは、シャッターストックで購入したアザラシ写真を単に並べているだけで、掲載しているすべての写真に写真の解説や説明等は一切無い。なので2セクションのすべての写真のアザラシの種名や生息地、撮影地等の情報が不明というものです。
アザラシをメインテーマとして取り上げる本で「この扱いはないだろ…」と思ってしまいました。
・セクション名に「美しい写真で見る」と謳っているが、明らかに解像度不足で、紙面サイズに耐えられていない画像がある。なぜこの画像の解像感でここまで引き延ばして大きく印刷した?とかそんな感じの写真が複数枚あるのです(特にP31,33辺り)。
まじめに「出版社の方で複数人数で掲載写真をチェックしたのか?I泉先生も監修したの・・・?」と思ってしまいました。海獣やアザラシに関する知識の有無の問題ではなく、商業誌でこのような写真の取り扱いを見たのは初めて。shutterstockの写真の中にもこの紙面サイズで使える画質の写真は他にもたくさんあると思うのですが、なぜこの写真を選んで掲載したのだろう…。
・↑と同じような観点ですが、ピンズレ画像も複数枚あり。なぜこの写真を選んで載せた?的な。。。
・氷の上のアザラシがほぼ真上のこちら(カメラ)に視線を向けている画像があり、ドローン撮影写真か?(個人的にはドローン撮影による野生動物写真をこのような商業誌に解説も無しに使うべきではないと思う。)
そしてこのセクションは95ページで構成される本書構成の中で26ページを占めていて、本の1/4以上がこのセクションに費やされています。そして順番も巻頭の次のセクションに配置されてて、目立つのです。この2セクションの存在で本書全体の印象のやっつけ感が強くなって、もったいない。
シャッターストックの利用は最近の本ではよくあるし、活用方法によっては海外のアザラシ画像を集めやすくなるというメリットはあると思うのですが、ここまでやっつけ感の高い本をアザラシが好きな一般層向けに出すのはちょっとないよなぁ、、、。
ということで、この第2セクションは無いほうがマシなレベルと思います。第1セクションのオランダのアザラシ幼稚園の写真を増やすか、後程出てくる日本の水族館や動物園のアザラシの写真や紹介を増やした方がよほど良かったのに、と思います。(他のセクションの写真はピンズレや解像度不足は感じなかったし。)
第3セクション:アザラシ通になろう アザラシナビ
アザラシの体や種類、日本に生息するアザラシや世界のアザラシなどをイラスト中心で解説。
まぁ入門書にはよくある、かつ妥当な内容かなと。うちのサイトを含めてネット上にもよくあるアザラシの基礎的な情報(世界で生息しているアザラシの分布とかアシカとの違いとか)を紙でまとめてみるとこんな感じ、といったところでしょうか。
インターネットがここまで一般化する前は、書籍などでしかまとめられなかった情報が、今はインターネット上に無料でたくさん出ているので、雑誌・出版業界は大変だな、と思いました。
第4セクション:日本唯一のアザラシ保護施設 オホーツクとっかりセンター
紋別のとっかりセンターを紹介しているセクション。写真は多めでセンターの様子を紹介され、職員さんへのインタビューなど興味深いです。
内容は浅すぎず深すぎず、とっかりセンターに行ったことのないアザラシビギナー層、一般層にちょうど良い紹介内容と思いました。写真もピンズレや解像度不足は感じませんでした。
アザラシの写真に人間の感情のようなキャプションを付けて妙に擬人化しているコーナーだけは馴染めなかったですが、これは私の個人的な嗜好もあると思います。アザラシは人間のような感情や思考回路は持っていないということが私は先に来てしまうので、アザラシに吹き出しで人間の思考させるような言葉を載せるのに違和感がありました。しかし、なぜ写真に不要なキャプションを4セクションで付けて、第2セクションのアザラシ写真に種名や解説を入れなかった?(第2セクションを引きずっている・・)
第5セクション:北海道アザラシの旅
野付半島の観光船、おたる水族館、旭山動物園、ノシャップ寒流水族館を紹介。なぜこれらの施設が選ばれ記載されたのかはわからないですが、何となくこれらの施設(+4セクションのとっかりセンター)を紹介したい気持ちはわかります!
内容に細かいミスはあるけど(旭川-紋別が片道4時間とか)、これも北海道アザラシビギナー向けには妥当な内容と思いました。
第6セクション:日本でアザラシに会える施設リスト
9ページの短い構成。アザラシの飼育施設を地図表記・リスト表記をしています。全施設を記載しているわけではなく、書面上にも同様の注釈あり。北海道でいえば、釧路動物園、おびひろ動物園、円山動物園の記載はなかったです。なんでだろう。本土の施設でも載っていたり載っていなかったりか?
掲載施設の基準はよくわからないですが、それなりの数が掲載されているので、もう一頑張りして、アザラシ飼育施設全部載せればよかったのに、少々もったいな、と思ってしまいました。
まとめ~オランダの施設ととっかりセンターの導入としては「あり」だが、急ピッチで作った感を感じるのは残念
全体を通してみると、アザラシ幼稚園の流行っているうちに急ピッチで作って詰め切れないままに出版した、、、感を感じました。
せっかく”オランダのアザラシ保護施設「アザラシ幼稚園」ピーテルブーレンアザラシセンター”を紹介するなら、この施設の内部だけに限らず、例えばこちらの施設があるオランダの都市や街などの周辺の紹介、保護しているアザラシが暮らしている海の様子や野生のアザラシの状況なども取り上げれば、この施設の意義やオランダでの扱いなども深化させて日本に伝えられたと思うのでもったいないな、と思ったのが正直な感想。第2セクションでやっつけな写真を載せてページ数を稼ぐよりよほど良い内容と思うのですが。
この出版不況の時代ですから、おそらく製作費は厳しく、日本からは現地取材には行けず、オンラインのやりとりを中心にして、だだっと作られたように思いますが、本の作り手にとっては厳しい時代だ、、と、改めて思った本でした。
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